芸人として史上初めて芥川賞を受賞したピースの又吉直樹が書いた受賞作「火花」。話題沸騰中であるのと、近い将来映画化されるようなのでさっそく読んでみました。
まず本の売り上げはすでに100万部以上、デビュー作で芥川賞、それも職業が芸人と話題に事足りないですが、実際の内容はどうなの、というのが多くの人の持つ疑問じゃないでしょうか。TVに出ている人気タレントが受賞したとなれば話題先行じゃないのかとどうしても思ってしまうものです。さて実際はどうなのでしょうか。
まずはつべこべ言う前に「火花」のあらすじをおさらいしましょう。
火花のあらすじ
物語は若手お笑い芸人の徳永と4歳先輩の師匠神谷(かみや)との出会いから始まります。徳永は周囲に媚びず、常に笑いのことを考え、四六時中芸人で居続けるストイックな精神を持つ神谷を心から尊敬し、出会ったその日に自分を弟子にしてくれるよう懇願します。それから二人はことあるごとに酒を交わし、濃密な時間を過ごしながらも、芸人とはなにか、笑いとはなにかについて議論していきます。
神谷の笑いや笑いに向き合う姿勢に敬服する徳永は彼に少しでも近づきたい、彼に認められたいと強く願うようになります。神谷の破天荒さと天性のセンスは自分には到底真似できない。だからこそ彼からできるだけ多くのことを吸収しようと努めます。
そんな二人の関係性が徐々に変わるのは徳永がTVなどに少しずつ出演するようになり、売れ始めてきてからのこと。他人の模倣をする人間を心底軽蔑していた神谷がある日徳永と同じ髪型、同じ服装をして現れると、徳永は目の前の師匠に自分の抱いていた幻想を打ち砕かれ爆発します。
その日のことがきっかけで二人は距離を置くようになり、長い間連絡が途絶えます。やがて徳永は神谷の相方から神谷が借金まみれになって逃亡したことを告げられます。そんな中、神谷の居場所が分からず心配していた徳永の前にある日神谷は突然姿を現します。なんとも形容しがたいある違和感をかもしながら。
小説『火花』はつまらない?
率直な感想を述べると、かなり面白かったです。文章も読みやすいし、リアリティーもあるし、ユーモアもあり、芸人にしか到底書けないストーリーと登場人物の心理描写が見事でした。素直に楽しめるエンターテイメント小説に仕上がっていました。
ストーリー上に自然な形でコントや漫才を取り入れる手法も斬新で、お笑い芸人として食べていく夢を追う徳永と天才的な才能を持つ神谷の青春と友情の物語にもなっていました。正直日本人作家が書いた文学作品で、あれだけ巧みにユーモアを織り交ぜた小説は珍しいなと思いました。
一方で純文学というには文章がポップすぎて、芥川賞というより直木賞向けという印象を残します。特に文章自体が美しいだとか、単語のチョイスにセンスが溢れるということはなく、ありきたりな文章ですらあります。
ラストの衝撃の結末をネタバレします
では一体「火花」はなぜ芥川賞を受賞できたのでしょうか? 話題先行や小説の売り上げを重視したなど様々な意見が流れていますが、僕が思うにはあの衝撃の結末があったからこそだと思います。
ラストに行き着くまでに物語は一定のペースと秩序を保って進んでいきます。ストーリーはよく言えばリアリティーに溢れ、悪くいえばありがちなエピソードに終始します。ところがあらすじでも話した通り、「借金まみれになって逃亡していたはずの神谷が突然徳永の目の前に現れた」そのときにこれまでの流れが一転します。神谷はあろうことか、笑いを狙って胸がFカップになるほどシリコンを入れてきたからです。
そして笑いを突き詰めたばかりにとても笑えない奇行に走った師匠を徳永は心底哀れみ、一方で神谷は一番の理解者であるはずの徳永だけには笑って欲しかったと二人して大粒の涙を流すのです。あの瞬間、それまで常識の範囲で繰り広げられていた「笑い」の議論が病的でスリラーのような方向に大きく脱線していったのです。
そしてあの脱線こそが又吉直樹の小説家としての才能を世に知らしめたといっても過言ではないはずです。芥川賞に相応しい要素といえば僕にはあのシーンしか思い当たりません。あれだけのサプライズを考えるのは凡人の発想では到底及ばないからです。